東京高等裁判所 平成5年(ネ)2443号 判決 1994年2月28日
第二四四三号事件被控訴人・第二五五〇号事件控訴人
長崎廣
(以下「一審原告」という。)
右訴訟代理人弁護士
戸谷豊
同
五百蔵洋一
同
古田典子
同
笠井治
第二四四三号事件控訴人・第二五五〇号事件被控訴人
株式会社大久保製壜所
(以下「一審被告」という。)
右代表者代表取締役
甲田太郎
第二四四三号事件控訴人・第二五五〇号事件被控訴人
甲田乙二
(以下「一審被告」という。)
一審被告ら訴訟代理人弁護士
吉岡桂輔
同
由岐和広
主文
一 一審原告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
1 一審被告らは、一審原告に対し、各自金三五〇万円及びこれに対する一審被告株式会社大久保製壜所は平成二年四月二九日から、同甲田乙二は同年五月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
二 一審被告らの本件各控訴をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は第一、第二審を通じてこれを五分し、その三を一審原告の負担とし、その余を一審被告らの負担とする。
四 この判決は一審原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
一審被告らは、一審原告に対し、各自金一一〇〇万円及びこれに対する一審被告株式会社大久保製壜所は平成二年四月二九日から、同甲田乙二は同年五月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審被告らの本件各控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも一審被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 一審被告ら
1 原判決中一審被告ら敗訴部分を取り消す。
2 右取消部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。
3 一審原告の本件控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は第一、第二審とも一審原告の負担とする。
第二 事案の概要及び争点
本件の事案の概要及び争点は、原判決の「事実及び理由」の第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 各争点についての当事者の主張・反駁及びこれに対する当裁判所の判断は、次のとおり訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第三に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決七枚目裏五行目の「甲」の次に「第一、」を加え、同六行目の「第四四」を「第四二」に改める。
二 原判決七枚目裏一〇行目の「従業員」の前に「昭和六二年当時」を加え、同八枚目裏一〇行目の「ところが、」から同九枚目裏四行目末尾までを次のとおり改める。
「そして、東京東部労働組合大久保製壜支部の組合員は、一時は八名にまで減少し、その後昭和六〇年には約二二名までに回復してきたが、労使紛争の裁判の一部は解決してわずかながらも落ち着きをみせるようになってきていた。このような状況の中で行われた一審被告会社の研修に反発した一審被告会社の独身寮の『平井寮』に入居していた約二二名の従業員を中心として、昭和六二年五月二〇日新労組が結成され、一審原告が特別執行委員に選出された。
一審被告乙二は、同年四月下旬ころから糖尿病で入院していたところ、同年五月二〇日、新労組結成の報告を受けるや、直ちに右病院から一時帰宅し、同日午後一〇時ころ自宅に役員らを招集し、新労組結成に対する対応策を協議した。その席上、常務取締役屋上八郎から、既に新労組が結成されてしまってからでは元の状態に戻すには一〇年はかかる旨の発言があったが、一審被告乙二は、『俺は六〇歳を過ぎているから一〇年は待てない。』『明日から行動を起こし、切り崩しを始めろ。』などと述べ、新労組の組合員を大久保労組に復帰させるべきことを指示した。そして、六〇歳を過ぎたため代表取締役を退任して長男の太郎を後任者に据えたいと考えていた一審被告乙二は、新労組のない状態で一審被告会社の経営を引き継がなければならず、そのためには、『平井寮』の従業員の監視を強化するとともに、新労組の組合員を大久保労組に復帰させるだけでなく、東京東部労働組合大久保製壜支部及び新労組の中心的な活動家である一審原告を一審被告会社から追放しなければならないと考えるに至った。」
三 原判決一〇枚目裏四行目から五行目にかけての「その結果は被告乙二の考えていることとは全く逆であった。」を「新労組の組合員の大久保労組への復帰は、一審被告乙二の思いどおりには実現していなかった。」に、同一三枚目表一〇行目冒頭から同裏一一行目末尾までを次のとおりにそれぞれ改める。
「 他方、久保田から右電話連絡を受けた乙藤は、そのころ、丙橋に右写真と労働者名簿を渡しながら右報告内容を説明し、この説明を受けた丙橋は、同月六日午後一時五〇分ころ、警察庁本田警察署平和橋派出所に赴き、その場に居合わせた警察官に対し、『私共の会社の社員で東四つ木(番地略)の長崎廣が会社の同僚に覚せい剤を見せて、オートバイ(<車輌ナンバー略>)のシートの下に隠したのを同々僚の某男が見たと私に届けて来たので、私がお巡りさんに届けた次第です』と述べた。そのため、同派出所の警察官らは、一審原告の自宅近くに停めてあった本件オートバイの所に行き、自宅から出てきた一審原告の立会いのもとに本件オートバイの座席の下に隠された覚せい剤を発見したため、右派出所に一審原告の任意同行を求め、同派出所内における覚せい剤試薬による検査の結果覚せい剤であることを確認し、同日午後二時五〇分、同派出所内において一審原告を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕した。
右認定事実によれば、一審被告会社において発生した多くの労使紛争がようやく落ち着きをみせ始め、一審被告乙二が一審被告会社の経営を太郎に引き継ごうと考えていた矢先に新労組が結成されたため、これに衝撃を受けた一審被告乙二は、入院中の病院から直ちに一時帰宅し、夜遅く自宅に役員を集合させて新労組への対策を協議し、新労組を弱体化ないし壊滅させるために新労組の組合員を大久保労組に復帰させる工作を行うように指示したこと、そして、右工作のみでは自己が太郎に一審被告の経営を引き継ぐには時間がかかり過ぎると考え、過去の労使紛争を引き起こしてこれを指導し、かつ、東京東部労働組合大久保製壜支部及び新労組の組織に中心的役割を果たしている一審原告を一審被告会社から放逐することが必要であると考え、一審原告を解雇する口実を得るため、乙藤らに資金を提供し、同人らをして密かに一審原告が本件覚せい剤を所持している外観を作出させ、警察当局に密告させて一審原告を現行犯人として逮捕させるに至ったことが認められる。」
四 原判決一五枚目表二行目冒頭から同裏四行目末尾までを次のとおり改める。
「 しかしながら、(証拠略)によれば、麻生検事が右著書を読み終えた日が昭和六三年一月一七日であり、その後警察に対し著書の中の記載について指摘したとの記憶が極めて明瞭であるのに対し、(証拠略)によれば今井捜査官の右著書についての記憶は明瞭さを欠き、同捜査官が右著書を読んだ時期についての記憶は誤りであったものと認めるのが合理的である。しかも、証拠(<証拠略>)によれば、捜査当局は、丙橋が一審被告会社の役員を名乗り、本件オートバイの写真や労働者名簿を所持していたと供述していたことや、覚せい剤の入手資金や共犯者への謝礼が多額に達することから、乙藤の背後に一審被告会社の関係者が存在し、この者が本件誣告の首謀者であるとの見通しをもって捜査を進め、昭和六二年一二月七日には、本件誣告につき一審被告乙二と共謀した旨の乙藤の供述を得て一審被告乙二の逮捕を検討したものであるから(<証拠略>)、一審被告乙二が本件誣告の首謀者であるとの認識の下に捜査を行ったことは、前記『波涛を越えて』の著書の存在とは関係がないことは明らかである。さらに、乙藤は、一審被告乙二から本件誣告に麻薬を使用することを提案されたと一貫して自供していたのであるが、これに対して、一審被告乙二が自白するに至った昭和六三年一月一七日の供述内容は、乙藤が覚せい剤を一審原告に持たせることを提案したというものであって、その発案者を異にしているのみならず、使用の薬物が麻薬でもなく、また、前記著書を一審被告乙二が読んでいることの確認が捜査官からなされたのは同月二三日の取調べが最初であり、右著書を同一審被告が所持していることが確認されたのは、同月二九日の一審被告会社に対する捜索押収によってであるから(<証拠略>)、一審被告乙二の自白が前記著書を筋書きとして強要されたものとも、乙藤の自供に合わすために強要されたものとも認め難いというべきである。
したがって、一審被告乙二の自白が前記著書の記載を利用して誘導されたとの一審被告らの主張は理由がない。」
五 原判決二一枚目表三行目の「形跡がないのであって、」を「形跡がなく、また、前記認定のとおり、乙藤は右一〇〇万円が現実に入金される前に覚せい剤の手配や報酬の合意を丙橋らとしているのであるから、その資金の入手は確実なものであったはずであり、しかも、乙藤が自己の資金を立て替えてまで本件犯行を行う理由は見出せないのであって、」に改め、同二二枚目裏三行目冒頭から同二三枚目表六行目末尾までを次のように改める。
「 しかし、(証拠略)(別件刑事事件の乙藤誠の証人尋問調書)を通してみれば、乙藤の八〇万円を受領した日についての供述はそれ程明確なものではなく、右供述から八〇万円の授受の日が昭和六二年一〇月三一日であったものとは認められない。ただ、右書証及び(証拠略)を併せれば、前記のとおり、昭和六二年一〇月末ころ覚せい剤購入代金、謝礼金等として八〇万円が授受されたことが認められるのである。したがって、右(人証略)があるからといって前記認定を左右しうるものではない。」
六 原判決二三枚目裏二行目冒頭から五行目末尾までを削る。
七 原判決二四枚目表一〇行目の次に次のとおり加える。
「仮に一審被告乙二の本件誣告への関与があったとしても、その行為は一審被告会社とは無関係であり、会社の労務管理とも無縁の犯罪行為である。」
八 原判決二六枚目表一一行目冒頭から同裏四行目末尾までを次のとおり改める。
「4 以上のとおり、本件は警察権力を利用し、一審原告を犯罪者に仕立て上げることによって、労務対策の手段として労働組合の活動家である同人を会社から排除するだけでなく、その社会的生命までも葬り去ろうとした極めて異常な目的及び手段によって敢行された不法行為であり、その結果、全く身に覚えのない嫌疑で逮捕され、その身柄拘束期間中、被疑者として捜査官から厳しい追及を受けるとともに、手錠や腰縄の姿で連行されたり、カテーテルの使用による強制採尿を受けるなどによって被った一審原告の精神的、肉体的な苦痛は甚大というべきであり、一審被告らが今なお本件誣告についての一審被告乙二の関与を頑強に否定して謝罪すらしていないことをも考え併せれば、本件により一審原告が被った精神的損害を慰謝するための金額として三〇〇万円が相当というべきである。また、右認容金額に、本件訴訟の経緯、内容、審理期間等諸般の事情を考慮すると、一審原告がその訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち五〇万円をもって本件誣告による身柄拘束と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。」
第四 結論
以上の次第で、一審原告の一審被告らに対する本訴請求は、各自三五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である一審被告会社については平成二年四月二九日から、一審被告乙二については同年五月一七日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
よって、一審原告の控訴に基づき、当裁判所の右判断と一部符合しない原判決を主文のとおり変更することとし、一審被告らの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井文夫 裁判官 渡邉等 裁判官 柴田寛之)